Asunto-3 : ほとほと感心する「幻のビール」情報

それは昨年、朝日新聞の夕刊トップ記事で紹介され、あっという間に人々の記憶に焼き付いてしまった「水素ビール」です。

このネタは、すでに幾多の人の個人ホームページで“笑えるネタ”として取り上げられている(←Yahooででも何ででも「水素ビール」で検索すると2000年6月近辺の個人ページが山ほどひっかかってくる)ため、当欄でとりあげるのはいささか躊躇されたのですが、でも、丸々一年間の冷静検討期間を経て、なおいまだに面白いので、当コレクションに加えることにいたしました。

ご記憶の方も少なくないと思いますが、これ↓がその記事。(ご記憶にない方のために、全文をこちら掲載します) 


朝日新聞2000年6月10日夕刊1面より

このバカバカしさは、なかなか感動に値するものでした。実際には「誤解にもとづくデマ」なのですが、私は、自分自身生粋の日本人として「こんなビールがあったら、ぜったい“そういう宴会”をやってしまうに違いない」という確信があり、この日本人観は当たらずとも遠からじよのぉ、とつくづく思ったものでした。
(でも、ま、この記事のおかしさの本質は、そういうデマを米国の権威ある意見機関がやすやすと信じ込んだ、というところにあるわけですけどね....)

記事掲載当時、矢継ぎ早にアップロードされた数々の個人感想ページの中でも、「海の家ホームページ」(←製作者「ピンキィ君」さん。この中の「日本の歩き方」および「紐育外電」コーナーに該当記述あり)では、ダックボイス(懐かしのヘリウムガス物)との類推などとくに深い考察がされており、同時に、この署名記事の書き手・山中季広特派員(やまなか・としひろ:朝日新聞社ニューヨーク支局)氏のますますのご活躍を期待したくもなってきます。

ああ、それにしても。やっぱり朝日新聞はとっておくものだなあ。(まあ露骨に左派だけど)

('01/06/19)


 

 

 

記事全文

全米駆ける偽メール
〜「水素ビール」ソプラノの声で歌え、東京で大人気〜

(リード文)
ソプラノの声で歌えて火を噴く芸もできる「水素ビール」が東京で大人気−−−。米通信社の配信記事を装った怪情報が英文の電子メールを通じて増殖している。6年前に創作され、続編も生まれた。日本人ならすぐ見破ることのできる作り話だが、米国を代表する新聞や学会が続々とだまされた。拡散したわけを探ると「日本の宴会は並はずれて過激」という海外の「常識」が浮かび上がる。(ニューヨーク=山中季広)

(本文)
「水素ビール」のメールは、きまって米AP通信のニュースを装って送られてくる。確認された最も古いものは1994年1月1日付の記事仕立て(別コラム参照)。「アサカビール」という社名からしてなじみがない。登場人物の姓名も少し変だから、日本人なら怪しいと見当がつく。
だがニューヨーク・タイムズは真に受けた。96年3月、カラオケブームを報じた東京発の記事で、「声が低い人でも高音域が歌えるよう、アサカビール社は水素を混ぜたビールを開発した」と断定的に書いた。翌97年、科学面で同じ失敗をしたのはボストン・グローブ。ワシントン・ポストは99年9月に、98年版の偽メール(同コラム)にある裁判をほぼそのまま伝えた。
えっ、アサカビールという会社は存在しないの?参ったな」。東京特派員時代に問題の記事を書いたニューヨーク・タイムズの記者は「今となっては情報源も思い出せない」という。
百年の歴史と権威を誇る米国物理学協会(本部・メリーランド州)も会報の97年10月号で、水素ビールを取り上げた。広報担当のR氏は「あまりにそれらしく書いてあるので、当時の担当者が信じ込んだようだ」。世界の物理学者4万5千人が加入する学会。日に3万件の接続があるホームページにはずっと、問題のニセ情報が掲載されていた。

(コラム)
ニセ通信社電1994年版
東京・青山あたりで「水素ビール」が話題を集めている。アサカビールが開発した可燃性ビール。カラオケ店やディスコの若い客には爆発的な人気だ。
水素分子は空気より軽いため、吸い込んで声帯をふるわせると異常な高音が出る。水素ビールを大量に飲んでマイクを握ると、ソプラノ音域がいとも簡単に歌えるわけだ。同社のサイトウ・ヒデキ販売部長によると、六角形のボトルは米テネシー州からの直輸入。
人気のもうひとつの理由は、その可燃性。口に含んでたばこの火を近づけると、口から炎が噴きあがる。最近は、青い火を吐きながら歌う歌手を収めたカラオケ映像が急増している。
1本あたりの水素含有量はごく少なく、人体に害はない。だが同社では「法規制が複雑だ」という理由で対米輸出をためらっている。1本1200円(約11ドル)。

ニセ通信社電1998年版
水素ビールを飲んで火噴き芸をするのが得意だった元証券会社員オオトマ・トシラ氏が、カラオケ店と醸造元のアサカビールとを相手取って損害賠償を求めた。
訴えによると、オオトマ氏はカラオケ店が開いた火噴き歌唱大会に出場。15本をがぶ飲みして口から炎を噴こうとした際、誤って着火用のたばこをのみ込み、大やけどを負った。「のどを痛めてしゃべることができなくなり、失業した」と主張している。カラオケ店側は、オオトマ氏が噴いた巨大な炎が、審査員だった女性客ミフネさんの顔面を直撃した、と反論。騒ぎのせいで上客の足が遠のいた、と応訴している。

       ◆    ◆    ◆    ◆    ◆    ◆

カリフォルニア州に住む主婦Bさんは、メールで広がる怪情報を7年前から収集し、真偽の判定をネットに発表してきた。米国で最も「水素ビール」に詳しいといえるだろう。
「あえて言えば、いたずらメールの最高傑作でしょう。日本人はお酒の場で極端な遊びをするという思いこみが米国人にはある。そこを巧みに突いている」
夫のDさんとともに、つぶさに研究。オオトマは長編コミック「アキラ」で知られる大友克洋氏、ミフネは俳優の故三船敏郎氏から思いついた名前だと推定した。
「よく練られた創作で潤色ぐあいもほどよい。十分に楽しめる」。これがBさんがネットに発表した講評である。

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奈良県大和郡山市のN酒造は、創業1858年の老舗。看板商品は、清酒「朝香」である。5月中旬、ニューヨーク州に住むアメリカ人学生から照会のメールが届いた。「貴社の水素ビールをぜひ試飲したい。米国から入手する方法を教えてほしい」。6代目当主のN副社長は「さっぱり心当たりがない」と当惑している。                                        (記事終わり)

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