雪の残ってる夢パ '06年1月23日(月)

前の年も、雪の残ってる夢パきたよな〜、としみじみ寒さを感じる。泥遊びしたり、雑草が生え放題だったり、井戸の水を引いて川にしたりしてる、何もない原っぱ部分に雪が残っていると、そこを渡る風の冷たいのなんの。

帰りの電車に乗ろうとしたらS藤J郎さんが降りてきた、びっくり〜!。なんせ、このあいだの講演のお礼状をまだ出していないので、自分的にチョー気まずいのじゃ!でも、こんなときも子はかすがい。子どもに向ける J郎さんの暖かいまなざしに見送られ、電車から手を振るこどもたち。amigoをつれているときでほんとによかった。

 

雪でもおでかけ!でもパパ二日酔い '06年1月21日(土)

一冬に一度の大雪が降った。

こんな日は家で、つもったら庭で雪だるま作ろうなど計画しながらこたつで丸くなるに限るが、この日はなんとしてもでかけなければならない理由が。なんと、国語の時間にricoが書いたお習字が学校代表に選ばれ、市の教育会館に展示されるというのだ!これは見に行かねばならん!(親バカ)

二日酔いで絶不調の当主もともなって海側の(つまりわが家から遠い所の)教育会館に出かける。

 

ricochica発症! '06年1月14日(土)

昨夜一つ二つ出始めたのか、上のふたりが「かゆいところがある」と訴えていたので覚悟はしていたが、朝やはり水疱瘡の赤い発疹が2〜3確認された。私は力を入れてる講座の公開講座当日、申し訳ないがパパにクリニックに連れていって受診するようお願いしてでかけた。講座が土曜日で助かったかも。

夜にはもう胴体を中心に水疱瘡フェスタ状態。く〜、見てる方もかゆいのなんの。なんせamigoとちがって皮膚の表面積が広いせいか、同じ密度でできているだけなのだろうけど、面積相当、圧倒的多数の発疹ができている。痒くて辛そう。なるほど、小さいウチに罹ったほうがいいわけなのね。

 

久々に野外で過ごす気持ちよさ… '06年1月10日(火)

今年は正月休みが長く、当主の会社が始まっても学校もB.B.もまだ休み。

amigoの水疱瘡が完治したのと同時に、本日からすべて始動。さっそく公園にコンロを持ち出し、持ち寄った具で味噌汁をつくり、弁当時に食す我々。いくら家で安静にといっても、なんかくさくさしてしまって、気分も晴れなかったりするのだが(ま、家事ははかどるけど)、やっぱり外はいいなあ。

冬でも暖かい日だまり。1月のちょっと冷たい風。清々しい顔の子どもたちと暖かい汁もので体を温める。家で同じもの食べるよりおいしい。

 

go発症! '06年1月3日(火)

一夜明けこんどはgoも水疱瘡発症。たちまち全身に発疹が。

なんとチンチンに3〜4粒くらいづつ連なっていおり、その部分だけでも合計10や20は出来ているではないか!く〜、見てる方がかい〜!

 

ami発症! '06年1月2日(月)

“あみちゃんせなかがかゆい〜”と言いだしたので、見るとひとつぶ赤い発疹。こ、これは、日数からして水疱瘡だ!と思うウチにどんどん発疹が増える。

今日からおばあちゃんのところへ1泊しようという時に。とほほ。でも、休日診療所で受診し、薬をもらってちゃんとお年始には行った。家にいるより、家事をおばあちゃんにまかせてamiのお世話に専念できるし。

 


 

疲れたところに朗報(?) '05年12月19日(月)

さて一昨日は、たしかにテキトーに遊んでいただけとはいえ、一日中外にいるというは思いのほか疲た。気も使ったからなあ…。なのに今日も当番なのでちょっとバテ気味の私。そんなおり、B.B.ではRョウタロウがどこでもらったか水疱(みずぼうそう)に感染し欠席。これは、うちの子達に伝染してもらえる大チャンスではないか!

ちょうど夕方、夢パークに来るという次郎さんと講座の打合せをする予定になっているので、その間伝染してもらうべくamigoをあずかってもらった。いつでるかな、だれからでるかな、2週間後が楽しみ〜。

それとは関係ないが、日の短いこの頃、6時近くなったらもう真っ暗で、月も出ていない。夢パのそばのちょっと人気のない場所に車をとめておいたのだが、街灯もなく、すンごく怖かった〜!

 

夢パーク見学ご一行様 '05年12月17日(土)

さて今週も夢パ入りびたりの私。今日は家庭教育学級の見学・実習と称し、焚き火で遊ぼうと50人余の団体にもぐりこんでやってきてた。ちょっとした拡声器を市民活動支援センターから借りて始まりと終わりの挨拶とかすると、それだけで講座の一環ぽくなる。それ以外は、テキトーに遊んでいただけなのだが…。

そうそう、うちの子達がトランポリンを出そうとしていた。外国製(欧米か?)のものらしく、【警告!○歳以下は使用禁止】などといった英字があり、対象年齢にはいっていないamiぽんはお姉ズに「amiはまだだめ」などと言われ泣きべそ状態。ったく、こんな言い訳が必要なモン、ここにあるべきものじゃなかろうが!こういう警告文って、こちらが考えたり工夫したりという余地を与えない詳細さが腹たつ〜!じっさい公園の滑り台とブランコに【対象年齢6〜12】ていうシール張ってあるんだけど、それ以下の子は使うなというわけ?それとも親が責任を負え、という逃げの手段? …というふうに疑うことを知らず従う人っているのか?従わなければならないと思っている人がいるのか?

結局トランポリンはすぐに片づけられた。プレイリーダーも、ここになじまない遊具だという認識でいるらしく「これを出すかどうかはまだ話し合いの結果が出てないんですよ」とのことだった。

 

FujiRockならぬKujiRockに飛び入り '05年12月10日(土)

毎度お馴染み夢パークには、中高生が無料で利用できるスタジオがあり、あまたの若者バンドが日夜練習を重ねている。(注:無料だが、スタジオ利用講習を全員受講しているバンドしか登録できないというキビシさもある)。そのバンドたちの交流と発表をおこなうというイベントがスタートし、その名も最寄り駅の名前をとって富士ロックならぬ「久地ロック」

そこへ、プレイリーダーたちがサンバで参加するという。しかも、「常連のおかあちゃんたちも出ない?」と誘ってくれたではないか!これはもう断るわけにはいかない。ということで、当主もつきあわせてホイッスルとかアゴゴベルを持ち込み飛び入り参加。曲はBOOMの「風に〜風に〜なり〜たい〜」。

うう〜ん、楽しかったあ〜!またやりたいよう〜。

 

“ちいぷちごう”当番ふたたび '05年12月9日(金)

また狂気の沙汰になるかと思いきや、ほのぼのした活動になった。ぞうさんの置物が砂場の真ん中にある公園で、斜面すべり。降り積もったイチョウの葉っぱをてんこ盛りにしておままごと。ちょっと移動して、夢パの廃材小屋をカウンター式のお店に見立ててお店やさんごっこ etc。

前回の狂気の沙汰のときと何が違うのかというと、まずヒビキがいない。メンバーは小のトシ、プチのユナケイタケンジそしてgo。次に、これが大きそうなんだけど、トシの母が当番でないこと。この前は私とトシ母が当番だったのだが、今回は私とケンジ母の組み合わせ。トシはかあちゃんがいないとけっこう聞き分けがよくなり、かあちゃんがいるとささいなことで悪感情むき出しのライオンみたいに攻撃的になっちゃうのだ。

というわけで拍子抜けした本日の小プチgo当番であった。

 

こども会の待ち時間 '05年12月4日(日)

今日はボウリング大会。そろそろこども会がウザくなっているricochicaだが、珍しくハッスルしている。当主が休日出勤で、留守番も送り迎えもあてにできないため、ボウリング場のあるSンター北に一緒にでかけ、ricochicaのみボウリングに行き、下の子たちと近くの公園や緑地で遊んで終わるのを待つことにする。

と、ところが、こういう小さい子と一緒に歩くのに絶好の緑地帯を歩いているうち、冷たい雨が降ってきた。 しかたなく来た道を戻り、Sンター北にある観覧車のある大きなデパートで雨宿り。さてその2階はフロアー丸ごと子ども用品。これでもかこれでもかというほどおもちゃ屋さんばかり。明らかに普通のデパートより力を入れている。大型室内遊具も2とおりくらい無料開放されているし、そういえば、外で遊ぶよりこういうところで遊んでいる乳幼児連れも多いという噂だ。ママもお洒落していられるし、ついでにショッピングもできるし…。

その中におままごと用品だけの専門店が2〜3軒あるのがカルチャーショックというか、疑問というか。共倒れしないのかな?小さい子の背丈にあわせたサイズの木製のお台所セット(流し、レンジ、棚など2〜3種類ある)が、すごく可愛いんだけど、それに飛びつきそうな5歳のamiがぜんぜん反応悪い。goは、こういう売場に連れてくるのは生まれて初めて位なので、あれやこれやお試しのオモチャに飛びついているが、空気の悪さ、どやどやごみごみした騒音や雰囲気にすぐイヤになっちゃうami。「お外がいい、お外に行きたい」と連発し、カワイイおままごと用品もかわいいお人形も何も欲しがらないのである。

高価なオモチャをねだられないで済んだ、ということだけでなく、ああやっぱりこれが子どもなんだな、こういう育ち方でいいんだな、ということを確信した。amiはふだんの遊びのなかで、葉っぱをお金にしたりお皿にしたり、いくらかましな廃材を台所ってことにしたり、その時あるものでその時しかできない遊びを創り出しているのだ。もうできあがっているかわいいままごと用品は、与えたい大人が欲しい物。大人が「こんなものが子どものときに欲しかった」と癒されるための物。子ども市場で儲けようとしている人たちには悪いんだけど、子育てでお金儲けはなじまないと思う今日この頃である。

 

 

講座2日目、鳥肌もの '05年12月2日(金)

家庭教育学級の2日め。こんどは冒険遊び場協会の理事にて世田谷ボランティア協会の理事長でもあり、かつ日本で初めてのプレイリーダーとして有名なA野秀昭さん。今回もまた私の依頼が上手なのか、あるいはA野さんが慣れていらっしゃるのか(たぶん後者)、ほぼぶっつけ本番でスバラシイ内容であった。

子どもは本来どういう生き物なのか、それを解き明かしていくと、都市化の進む社会では生きにくくなっていること、そして私たちの立場から言えば“育てづらく”なってきたことがよくわかる…そんなことを感じましたが、またもや詳しい内容は講義録を検索して読んでくださいね。

 


バカ、ぼ〜け '05年11月26日(土)

goのボキャブラリが増え、悪ガキちっくになっていく…。

本日は外遊び隊でAざみ野東公園に。そこで同い年の、しかも初対面のアキヒコくんに対しこの暴言の数々じゃ。生まれたときからよく知っている人間にとっては「うわ〜、こんなこと言っちゃってえ〜、なっまいきい〜!」と喜んでしまうのであるが、今日初対面の人には、もともとこういうヤツと思われてしまっては損な気などし、アキヒコくんに私から詫びること数回。

それにしても、やっぱ男の子のボキャブラリーというのは、こういう暴言から始まるものらしいなあ。

 

念願の講座初日じゃ '05年11月18日(金)

夏にプレゼンをやった家庭教育学級のいよいよ初日。この日のために関係各署との連絡やりとり、講師との連絡、チラシ刷りと配布の算段、教育委員会への交渉、町内回覧板に入れる交渉、小学校での配布の交渉、申込者への対応などなどなど…ほんとテンテコマイであった。協働事業のほうを断っておいてほんとによかったよう。カラダがもたないよう。

初日はY郷恵子さんという、自主保育の大先輩にて冒険遊び場協会の理事、乳幼児の野外遊びについての調査委員会などでS田谷区との連携など、こどもとその親のための活動を続けていらっしゃるおばさま。そうそう!こんなことが地域で話したかったんだよね〜〜!という連続講座の初日にふさわしい内容であった。わたしの依頼がウマかったのか、Y郷さんが慣れているからか、ほんの1、2度の電話のやりとりだけでほぼぶっつけ本番。なのにすごいな〜〜。詳しい内容を知りたい方は、講義録を(一冊200円のカンパで)買ってくださいね〜。

 

ことしもこども商店街 '05年11月13日(日)

マスコットやさんを出店すべく夏休みから制作に入っていたricochica。ネタ本の、アランジアランゾのフエルトマスコットの作り方を熟読し、しろうさぎ くろうさぎ くま ねこ りす…と何種類か作り貯めてきた。いよいよそれを販売する日がやってきた。

しかし、さすが小学生。うさぎもりすもくまも、みんな首がぷらぷらしてたり手足が今にもほどけて取れそう。刺繍した顔も左右不対称でどことなく苦笑いしてる感じ。それでも、小さい子連れの暖かいお客さまたちが、「わあ〜ricochicaちゃん、がんばったねえ」と言って100円で買ってくださり、作った作品は完売することができた。

ricochicaもがんばったけど、なにより買ってくださったみなさま、本当にありがとうございました!

 

ナニガナンデモ外遊び '05年11月5日(土)

くくくぅ…ほんとはあれこれ家事もたまってるし講座の準備も神経を使い、外で遊ぶどころじゃないのだが…この日S石川公園(うちの比較的近くの方の公園)で遊ぶっつうことになっているので、行かぬ訳にはいかない。

季節も天気もよく、夏の間に閑古鳥の飛んでいた公園と同じ場所とは思えないほど、遊びに来ている人が程良くいた。こんな時、めったに普通の親子連れではやらないような遊びを用意していると、人の輪を広げるキッカケになるんだよなあ…。なのに!連日のドタバタで何の準備もなく、また講座を目前に控え一緒に運営するメンバーとはこの場でも話したいこともあり、またそれぞれの子どもが「ねえ〜〜まま〜〜遊ぼうよう〜〜!」とまとわりついてくるので、見た目は単に普通に公園に来ている親子に過ぎない感じ。

ああ、これではイカン。どしたらよかんべ。

 

 


合宿リベンジ! '05年10月21日(金)

8月の予定日に台風が上陸し涙を飲んだB.B.の合宿。合宿場に空きがあった(ただし土日でなく金土)ので、ここで一つリベンジをすることにした!現役たちは朝、合宿場の最寄り駅に集合して、まず駅近の公園でお弁当を食べる。大きい子達は歩いて、小さい子達はバスで合宿場に向かう。お弁当を食べた公園は遺跡公園と呼ばれ、古墳時代の豪族の墓らしい横穴が斜面に保存されてる。こどもたちはそこを覗いては“死体のあったところに印がある死体みたいのが見えた死んでる殺した”と話をデカクしながらそのたび“わ〜!きゃ〜!”と斜面を逃げ降りるというアホをくり返す。小学生は学校終了後の夕方あとから合流なので、このあほらしい騒ぎは知らず。

メインイベントは夕食のカレーづくり。かまどで飯盒で米を炊くのと、ライターとかじゃなくて、原始人が使ってたような木をくるくるまわして火を着ける「火熾し器」で焚き火を作るので、ゆうに2〜3時間はかかっちゃう。その間、年中児のトシが、包丁やりたがるわ、過度に手を出すと怒るわ、皮むき器に目移りするわ、米を研いだあと手についた米をパッパと振り払うのでやめさせるわ、火熾し器も絶対やりたいわ…というもろもろに、ずっと一緒につきあうわたし。その頃amiちゃんは、ショウタと一緒に人参を細かく刻むことに集中し、ずっとふたりの世界。その頃ricochicaは、火熾し器と大格闘し大騒ぎ。

暗くなったらキャンプファイアー。常駐してるスタッフのお兄さんがキャンプファイアーぽい歌やゲームのリードをしてくれて、キャンプ気分満喫(但しもう肌寒いが)。で、子ども達が寝付いたら、大人はこっそり裏レクリエーション(宴会)を。翌日帰宅と同時にバタンキューだったことは言うまでもない。

しゃべれるgo!その2 '05年10月20日(木)

ば〜か」とはっきり言い始めやがった…。とくに教えてないのに。おかしいなあ。思い当たることといえばやはり、お姉ちゃんズのけたたましいケンカ。年がら年中、BGM代わりだからかなあ…

オマルでオシッコじぶんから '05年10月18日(火)

本日、オマルにするぅ、と初めてじぶんからすすんでオシッコできたgo。いいぞ!えらいぞ!それいけgo!!…おしっこするだけでこんなホメてもらえるなんて、一生のうち今だけかも。

“ちいぷちごう”当番 '05年10月14日(木)

大中BだんがH根木公園プレーパークへ行くので、そこへは行かない小B(ちーびー)とプチBとgoという、小さい子たちで活動するという、初めての試み。

ほのぼのムードを期待していたが、どういうわけかスゴかった…。トシが噛む!ユナが泣く!goがふりまわす!ケイタが逃げる!親子参加中のヒビキも応戦!なにかというととっくみあい。シバきあい。ユナのほっぺのキズがいつのものか見当つかない。0-1-2-3歳児って、動物とおなじなのね…

雨のなかおみこし '05年10月9日(日)

子ども会で毎年かつぐ地元の神社のおみこし。去年は小雨が降ったり止んだりの中であったが、今年はとうとう本降り。というか、土砂降り。なのに中止にも延期にもならず予定通り決行される。

とうめい雨合羽を着用した上に祭半纏を着て、かついだらしい。そういえば、去年も雨模様で、前夜祭なぞ台風通過中だというのに、大人みこしがかつがれていたというではないか。それが伝統的に普通に行われているのだ。となれば、今日の悪天候なんかへのカッパ。

…それにしてもricochicaの目的は、神輿の休憩地点で振る舞われるご馳走と、帰りに配られるお菓子の詰め合わせなのであった。そのへんだけ、ハロウィンに似てるかも…。

ポリオ接種 '05年10月5日(水)

小児マヒの予防接種である。が…K崎市同様ここY浜市も6月と10月の2回しか接種できるチャンスがない。いままで、最初の秋は生まれたばかりだし、その次の春・秋・春と、丁度熱があったり、忙しくて忘れたり(すまぬm(..)m)して、逃してきた。もう、この10月は絶対のがすものかと、第一週から気合いを入れる。

受付は13時から。しかし12時には整理券が発券される(予想していた通りだ)。それをとれば早く済ませられる、ということで11時半に保健センターに到着。しかし!すでに人の列ができており、私の採った番号はなんと10番。

これも予想していたが、この予防接種は新生児から接種可能なので、抱っこされておとなしくしてる(もしくはぐずってもおっぱいやオシャブリで容易に解決可能な)赤ちゃんがほとんどであった。だから、自分でとっとこ歩き回ってるgoは、ずいぶんと違和感をふりまいている。番がきて接種する(=飲む)に際して「受ける人はこの子じゃありませんよね?」などと聞かれるのである。「いえこの子です」とふつうに受け答えするも、たしかになあ…。でも、この予防接種は2回やらないといけないタイプなので、あともう一度この思いをしなければならんのであった。

しゃべれるgo! '05年10月4日(火)

おお〜!今日は「びーびーだん」とハッキリ言えるようになったど〜!

すごいなあ、2歳ちょっとなのに…ricochicaなんか3歳過ぎまでほぼ宇宙人語。chicaなんざ聞こえてないのかと真剣に疑って医院で聴力検査したくらいだった。家の中で日本語が飛び交う分量が、まるっきりあの頃と違うこと。家のモノだけでなく、いろんな年齢のこども、B.B.のお母さんはじめいろんな大人との接触の多さ。そういう環境に影響されないわけがないよねえ。


キタ〜! '05年9月29日(木)

ポストに覚えのないお手紙が。見ると、教育委員会からで、後援名義許可がおりたとのことではないか!キタ〜!こんなに早く来るとは思ってないから、サプライズじゃ。おどされてビクビクしてソンした!

事情をよく知る人に話すと、まあ私の思ってた通り、もとはといえば教育委員会の事業だから決裁通りやすいと。そうではない、特に関係のない催しでも、このような手続きを踏んで名前だけ出るというのがよくあるらしい。その場合はやっぱり団体の身元調査とかするから1ヶ月とかほんとに待たされるそうだ。勉強になるなあ。

ぜんぶ言えてるgo! '05年9月28日(水)

やった〜〜!家族を指さし、まま、ぱぱ、ami、rico、chica…とゼンブの名前が言えるようになったど〜!

教育委員会ふたたび '05年9月26日(月)

後援名義の申請のため教育委員会まで足を運ぶことになった。教育的内容の劇だの音楽会だのといった催し物のチラシに、“主催○○ 後援○○教育委員会”と載っているのを見たことあるでしょうか。今回、それをお願いしようというものなのである。

家庭教育学級は、教育委員会からの予算で実施し、その募集・選考といった実務も社会教育コーナーというところが委託されて行っている。だから、市民からみたら教育委員会の催しも同然なのである。ところが、こういうのが行政の困ったところなんだが、“一旦手をはなれているので別の催しなのです、後援と入れたかったらかくかくしかじかの書類を提出してください”などと言う。その書類ときたら、選考のときに提出したものとたいしてかわらない内容を別のフォームに記入するという面倒くささ。提出も直接出向かなければならないし。Y浜の中央部って遠いのに…(ボヤキ)。

さて、教育委員会といえば、何年かまえに小学校を新設せい、という陳情をしに行ったこともあり、自分的には懐かしい場所。だが、あの時はK崎市のそれであった。こんどはY浜市のなので全然初めてだ。そして、行政の例にもれず、“時間がかかりますよ…下手すると1ヶ月とかかりますよ”と言うのである。「一日も早く、たくさんの人にお知らせすべくチラシを配布したいので、できるだけ早くお願いします」と、例によって必要以上に下手に出て、明るい笑顔かなんかでお願いした。さあ、どうなることでしょうか。

 

goお試し預かり '05年9月22日(木)

2歳となったgoは、もう去年のようにPTAのような席に連れていくのは困難。私と家にいるのはもてあます、amiを活動班に預けて家に帰ろうとすると帰りたがらず抵抗する…ので、この秋から、だんだんと預け合いがはじめられるよう試していこうということになった。

かくして、本日は大きい子だけの活動の当番のあいだに、D井(おお、まるでコードネームではないか!)さんちに行ったgo。D♯さんちでは、まずマンションのエレベータを見て喜び、ガムテープなどを引っぱりだして転がし、いろんなこまかいおもちゃを思いもよらぬ場所に隠して遊んでいたとのこと。後でへんなところからなくなったオモチャがでてくるなどの報告を受ける。

それにつけても、私がいなくても全然へいきらしいのがなんか残念〜!

生まれて初めてトイレでおしっこ '05年9月16日(金)

ほんとうに偶然であろう。たまたまするところだったタイミングだったのであろう。“してごらん”とトイレに座らせたら出たよ〜!やったねgo!

活動でぶどう狩り・協働事業の相談 '05年9月15日(木)

ほとんど閑静な住宅地であるここらあたりであるが、歩いていると急に果樹園があったりする土地柄。なんとよく集合場所にしているM前市民館からホンの徒歩10分ほどでぶどう狩りができる場所があった。8月末より9月中旬が採り入れどき、ということで行くならこの日・大きい子たちだけで行ける日しかない、ということで、よく考えたら生まれて初めてぶどう狩りに行った。

3人のおとなで就学前のこども達を11人引率しているので、道を歩くにしてもぶどう園の中にしても、気を配りっぱなしである。が、それが大変というより、同じことをしてもこどもによっていろいろあるのが見られて、とても面白い。他の子より時間をかけ、じっくりと採るブドウを選ぶエリカ。率先して挨拶しハリキって採るが自分は果物ぎらいなので聞いてもないのに何度も“これはお母さんの分”と言ってるユウジン。帰りの集合場所で荷物と一緒にブドウの入った袋をおいたとたん忘れちゃったのか、とんだりはねたり走ったりしてるうちにブドウも踏んじゃって、家に持ち帰る前にジュースにしてしまったリンカ。

さて、そんなたのしい活動のあと、大人の都合にて8月末に提出した協働事業の第一次選考が通ったので役所に相談に来いとお呼びのかかっていたわたし。おお、やはり通ったか。だが、役所の人の話しをよく聞くと、ちょっと話が違うというか…。私が最も手伝って欲しい部分は、地元の人たちに協力を得る、てとこなんだけど、どうもそれは役所にはできないらしい。あちらもいろいろ他の地域の例を調べてくれたのはすごい進歩だが…。「支援のすそ野をいかに広げられるかが重要」「この計画だと実現性がない」「地域の協力を得るにはもっと時間がかかる」「実現性のない計画に予算はつけられない」「でもプレーパークは必要、市政方針にも沿っている」…つまり、プレーパークをやってくれる民間の団体は大歓迎なわけだが、その団体がもすこし大きくなったら予算をつけられるというか…で、行政でプレーパークをつくるかっていうとそれはやらない、ということらしい。私がやりますよ〜というおっちょこちょいな市民が来るのを待ってるわけね、役所は。そういうわけで、一応即答はせずに他のメンバーとも話して、もう少し実現可能な計画に書き直しますと言ったものの、これはまずいな、やらされる感じになっちゃうな、家庭教育学級の方に専念だなと思いながら帰路についたのであった。

プレゼンテーション初体験 '05年9月4日(日)

7月末ぎりぎりに提出した家庭教育学級第一次選考通過の知らせがきたのは8月も末の30日だった。そのおかげで第二次選考のプレゼンのために、添付メールやFAXをK下さんとやりとりして急遽アタフタと準備。8月に撮った写真などをパワーポイントに入れ込んで作成してもらったそのデータを持って、2人でプレゼン会場へ向かう。一度も予行演習のないまま、私の喋りに合わせてK下さんがパワーポイントを操作してやりおおす。彼女は専門学校で講師をするなどのおしごとでこのやり方をよく使うとのことなのであるが、私はまるで浦島太郎じゃ。なんか仕事ってかんじでかっこい〜〜。

そんな、にわか仕込みのプレゼンだったというのに、なんと!この第二次選考で最高得点を獲得、みごと採択されたではないか!ダメモトどころではない、私たちってヤルじゃん!

だがこれからがたいへん。11月の市政だより(広報紙)に載せる原稿を来週までに送ること…というが、講師の都合もきかずダメモトで設定した連続講座なので、まず講師&日程をFIXしなければならない。ちょっと有名な講師なので心配だ。わずかな間に連絡つくだろうか。うわ〜、ほんとの仕事みたくなっちゃったよ〜!


親も宿題・朝まで応募用紙書き再び '05年8月31日(水)

こんどは何の応募用紙かというと、A葉区保健福祉計画協働事業(通称「この指とまれプロジェクト」)の審査申込み。より地域のためになる新しい事業を区民のアイディアを公募し、区と協働で行いま〜す。つきましては、区で予算をつけるのにふさわしいアイディアかどうか審査が必要で〜す。いいアイディアだがやろうとしている人手が足りないという場合、ぜひご相談くださ〜い、な〜んてことがパンフにうたってある。

そういう部分が“この指とまれ”なのであろう。所定の用紙にのっとって書き込んだものを一次審査し、そこを通ったら二次審査はプレゼン、という、なんか先月7月の終わりにも別のところに提出した覚えのある流れである。ちょっと迷ったが、挑戦してみるのも、いいか?と。だって、すごく良いアイディア持ってるんだもんね、私。

先月のものは教育委員会から10万円の予算がおりるものだったが、こんどのは通ると50万円とちょっと多いのだ。だから、
●大勢入れるとこで『こどもの時間』の上映(
02.1.19参照。10万円でフィルム貸してくれるんです!)
●NHK教育で放送してる『からだであそぼ』を監修してる先生を呼んで、ちょっと大きめの講演会…を組み込み、
●身近な公園でのミニプレーパークを何度か年内に開催、
●世話人や一般の親向けに、こどものケガや安全について扱う講習会、
などといった内容で書いてみた。
どんな問題点をどう解決するための事業か、ということには力を入れて、所定の用紙では足りないので別紙に詳細を記載。腕が痛いが我ながら上出来。

というわけで朝には近くのコンビニでコピーをとり、それを手元に残して提出。おりしも子どもの夏休みの宿題と同じ時期なのがなんかヘン。結果や如何に!

台風につき合宿中止 '05年8月25日(木)

この夏はずっといい天気というか暑い日が続いていたというのに、合宿を予定していたこの日に限ってなぜか台風が!それも夜には上陸するというではないか!

それでも、午前中はまだ接近中という段階なのでその間に移動してしまえばなんとかなるべ。電車で4駅。駅から徒歩を予定してたけどバスで行こう。嵐の夜をみんなで過ごす合宿なんて、逆にステキ!…などと甘く考え出発しようとしたその時、行き先の野外活動センターから、「安全確保ができないおそれがあるので中止してください」と電話連絡が。だよね〜、よく考えりゃキャンプとかじゃなくて宿泊施設なんだから〜。台風が上陸して通過していくのがわかった段階で使用中止。無謀な団体に開放して事故でもあったら大変だからね。

そういうわけで泣く泣く手分けしてメンバー全員に中止の連絡を。ああ、早い時期から宿泊先の抽選予約するなど珍しいことしたから雨が降ったのかしら。珍しすぎて嵐になったということかしらん。

外遊び隊2連チャン '05年8月13日(土)

昨月に「平日開催」をしたもののあまり人が集まらなかった外遊び隊。当初の予定を変更し土曜開催にしたら、当初から予定してたもう一ヶ所のAざみ野東公園での日の次ぐ日になってしまい、この暑いのに2日連チャンである。

昨日のAざみ野東公園は人が人を呼び、大人12人小人25人(最大時)と、ちょっとした団体ぽくなった。出そろったところで軽くミーティング・簡単な自己紹介と、今日の趣旨説明、ケンカ・オモチャの取り合い・ちょっと背伸びしてるあぶない遊び方なんかをなるべく大人がとめないで、必要に応じ声をかけあうなどして最大限見守るようにしてみて下さい、と全員に伝えることができ、まずまず。しかし。こういう感じの人が輪をつくってると、特に何もなく普通に来た人がやりにくいというか、感じ悪く思う人もいるであろうことが課題といえば課題。

さて本日。盆休みのせいか、さらに人気のないS石川公園。昨日も遊びを兼ね応援に来てくれたOか一家が、従姉妹を2人連れて駆けつけてくれて、家族数は少ないが子どもの年齢は幅広い異年齢集団ができた。5年生から1、2歳児まで一緒に遊べて、まずまず。1、2歳児が入っての集団遊びが成立したかどうかは言うまでもなく No だったが。。。

大きい子は大きい子同士で遊びたくなり小さい子たちを邪険にする。小さい子たちは、楽しそうなのでめげずになんとか入ろうとがんばる。せいぜい2〜3歳違い自分のきょうだい以外の、もっと歳の離れた子とのふれあい。こんな空間があることが、プレーパークの魅力の一つなんだよな〜

と、決してすぐに大きな団体に発展することもなさそうだが、モチベーションは上がる一方なのであった。

光化学スモッグ発生 '05年8月5日(金)

非常に蒸し暑い一日で、久々に光化学スモッグ(なんか70年代の子どもとしては懐かしいヒビキ)が発生した。そんなおり、こどもたちとどこにいたかというと 夢パーク。ここは決して自宅の近所ではないのだが、月に何度も来ちゃってるなあ〜。

ここは市が指定管理者制度を導入したため、今日は来年からの指定管理者に名乗りを上げる団体の人がまとめて見学&検討に来るという。そういう人らに、「私たちはこーゆうふうに遊びたいわけよ、こうさせてくれない管理者はだめなんよ」ということをレギュラー利用者からしっかり訴えないとイカン! ということで、よく利用してる顔ぶれが集まっていた。

しかし、今日一日でどのくらいのものが伝わるのかは不明。よく各地の自治体の人とか、民生委員の研修の人とか、教育機関らしき人たちとかが見学に来るのを見かけるのだが、「背広じゃなくて普段着で来て、子どもに戻って遊んでいけばいいのになあ」などと思う。


“トロピカルかき氷” '05年7月31日(日)

Tかちゃんが中心となり、夢パまつりにかき氷屋を出店するというので、「乗る乗る〜」と参加。日曜日だが夫は単独で出かけてしまうので、子どもたちと楽しい(?)夏の一日を過ごした。

トロピカルということで、年増なハハたち4人のいでたちは水着や腰ミノなどということに決定!そのなかで最年長の当方も12年前に着ていたハイビスカス柄のボディコンワンピなど着て、ずらり行列の客をさばく。一日で結構な売上げになった。氷かき機のレンタルや氷・みつ・カップなど準備してくれたTかちゃん、ありがとう!

子どもらのお手伝いは最初のうちだけで、すぐ飽きてそれぞれ遊びに行ってしまい(それが大目に見てやれるのも場所が夢パだからか)、主に手伝ってくれるのはS吾、そしてここで今日知り合ったばかりのS美ちゃんだ。S吾はともかく、S美ちゃん…何のお礼もできないうちにいつのまにか去っていて、その後会っていない。ああ気になるよう。

朝まで応募用紙書き&義父三年祭 '05年7月30日(土)

7月の上旬に知った家庭教育学級の一般募集。教育委員会が、市内3団体に限り講座の運営費を最高10万円助成してくれるという。その団体というのが、3名以上で成立するという好条件である。5〜6月頃から市内で冒険遊び場についての勉強会をやりたい、ちょっと有名な先生を呼びたい、というプチ野望が湧いていたので、この際ダメモトで応募する準備を進めてきた。

応募〆切は7月31日。ほんの10日間くらいで3〜4回の講座を組み立て、場所を仮定し、かかる費用を仮定し、来てほしい講師を仮定し。その講座が何故必要か、何の役に立つのかを書き込み、書類選考に通ればプレゼン資格を得るとのこと。たとえダメモトでも、次の機会があったときまたすぐ使えるように、恥ずかしくないものをだそう!とK下さんと詰めてきたものを清書。30日の朝郵送すれば締切にまにあうから、と夜を徹しての作業となった。

近所のポストにそれを投函し仮眠したあと、義父の三年祭(ふつうは三回忌・うちでは神道のやりかたなのでこういう名称)。ちょっと疲れました。

外遊び隊おためし初挑戦、だが '05年7月28日(木)

さて、6月にH本M子さん(注:みっちゃんではない←ごく少数にしかわからない脚注)に相談したときに、『とにかく公園に出て、目立つことして遊んでると、何何?って人が寄ってくる、そこからやればいいのよ』と言われていたので、それやってみよう!とK下さんと計画したのを本日決行する。駅前のふれあい掲示板に張り出し、K下さんのブログに書き込み、外で遊ぶのスキそうな親子にも声をかけた。

が、集まったのは我々含めて5家族、しかも2家族はB.B.からの応援参加である。

自主保育生活にドップリはまっている私は、一般の感覚から少しばかりずれてきているらしく、あんまり暑い季節は公園に来る親子も少ないとか、普通お弁当なぞ持ってこないとか、昼一番暑い時間は来る人もなかったり…ということにあらためて気づく。夏休みということで、帰省してたりすると、やはり公園は空いているのが通常らしい。2組しか一般の方は来ていなかった(しかも10時に来て11時半にはもう帰る)。ひょっとして土日のほうがいいのかな?

でもそれなりに楽しく過ごせた。大きなシャボン玉をつくるレシピ(NHKに問い合わせた)をもとに、材料を混ぜ合わせても全然膨らまず小学生は飽きたが、年中児は粘ったし。本日初対面のトシとアヤちゃんがマジゲンカ(というかトシが一方的に怒る)しても、帰りにはなぜか『またね〜』と言って別れたりするし。
それにね、お弁当持ってると、一番暑い時間に公園の木陰で涼しく過ごせるんですよ。家でうだってるより、ずっとイイし!デパートとかに行って涼みがてら買い物したり外食したりしないで済んで節約になるし。

おにわプール開き、だが '05年7月27日(水)

さて、ここのところ外出することが多かったからようやくお庭にプールを!

と出したビニールプールに、でかい穴があいている。もう今日でおしまいだ…。残念!…また来年新たに購入か?

台風接近中 家でカンヅメ '05年7月26日(火)

goは最近おうたを歌ってるらしきときがある。明らかに歌ってるものの一つが「アタックナンバー1」。3人ムスメたちが「あたっく〜あたっく〜」とフルと「みゃ〜むま〜むわ〜ぬ(な〜んば〜あわ〜ん)」と、くわえて離さなかったチチから離れて歌うのである。カワイイgoのおかげで、家から出られなくてもけっこう楽しく過ごせる我が家なのであった。

異年齢遊び集団出現 '05年7月20日(水)

本日でBB団活動1学期終了〜!活動納めなので全員が参加して冷やし麺バイキングでお昼。わが家のricochicaは給食が昨日で終わっているので、バスで活動場所まで食べに来た。というか食べにこさせた。今日は私が他のお母さん達と話し込みたいことがあったので、子どもらを揃えておいて、慌てて帰らなくてもよい体勢にしたかったこともあるから。

さて、その結果子ども達は、最終的には1才のgoから9才のricochicaまで、間に3年生のS吾・2年生のM文・1年生のHのんとAきお、あと現役幼児たちとなり、すべての年齢が揃っていた。よく考えたらスゲー…。

で、最初はricochicaもamiやgoのお世話とばかり、砂場で砂ダンゴをピカピカに磨くなどしていたのだが、だんだん男子小学生とオリジナルおにごっこ(蜂が2回さしたら死んでオニになるルールだったような…)をはじめ、学校で流行ってる「てんか」(2チームでボールを投げあうのだがヤツらの説明では全然わからない)を教えながら苦心して行い、最終的にはgoまで一緒の場所に立って一緒に遊んでるつもりになってる様子。なんかすごいイイものを見たような気がします。

余談だが。バス代として渡しておいた100円を財布に入れて来るかと思えば「今日から夏休み割引で子どもさらに半額だった!ラッキー」とかで「お釣りの50円ウエストポーチに入ってるからとっといてね」と言うので見ると50円玉がハダカで一枚だけ…。なんのためにさいふが…。あと、念のために余分に金もっといてくれ…。

ことしもやります、夕涼み! '05年7月16日(土)

ことしもやってもらうことになったN島さんの着付けから始まった「夕涼み会」。売場の手伝いを希望したら、結局連続1時間、売り切れまで働くことになった。仕事して感動したが、他も売り切れ続出だったため配給のパンの他は食うものがなくて腹ペコになった。

その仕事の他には、することはない予定だったのだが、急遽、先日のイモ掘りで掘った芋を袋詰めして販売することにもしてしまったため、その準備にも午前中から追われることに。袋に入れる説明書を印刷したり、参加してくれた子ども達に指示を出したり、販売の班分けと担当時間をきめたり、お茶を買ってきたり。さらにさらに、4年生の売場が終わってから販売のほうに行き…。ことしも結局忙しく終わってしまった。汗かいちゃって、ぜんぜん涼めない夕涼みであ〜る。でも芋の手配は楽しかった。こども達と一緒になにかするって面白い。クセになりそう。

万歩計が欲しい '05年7月13日(水)

自宅〜ふるさと公園〜M元自治会館〜家〜ふるさと公園〜歯医者…いったい何万歩あるいただろうか。しかも山あり谷あり、もうクタクタじゃ…。ものも言えずバタンQであった。

2年半分の文集が! '05年7月10日(日)

ずっと制作作業をつづけてきたB.B.だんの文集!やっと完成した!感動した!何度も読み返してしまう力作!表紙の題字もステキ(と、これは自画自賛)!

amiも発熱 '05年7月4日(月)

来た〜、やっぱりamiちゃんにもちゃんと伝染ってしまい、親子ともども家でおとなしく過ごすはめになってしまった。今日はミーティングだというのに。残念!

いも堀り後発熱 '05年7月2日(土)

去年の学年学級委員をやった方のクラス(rico所属)では、総合学習の時間に畑仕事について学び、一年中なにかしらの作物を育てていた。3月に植えた種芋が立派に育っているので子ども達に掘らせてやろう、もとい掘っていただかないと大変なことになる!という事態になり、大芋掘り大会と相成った。

掘り終わった後お礼に豚汁をふるまう計画も立て、堀り班・とん汁班と母親が分かれて仕事することに。約50人分の大量豚汁をPTAの大鍋に作ったわけであるが、自主保育やプレーパーク方式(来る人が自分の分をきざんでもちよれば入れるだけでOK)を説明しても半信半疑というかんじでなかなか採用されないのであった。したがって10人以上のお母さまに手伝いにきてもらったが、こういうことにつきあってくれるような人は、脈あり!つうか、プレーパークの話しできるよね、と多少はりきりモード。

ところが実は頭痛がするのを鎮痛剤でゴマカしながら出たため、夜になったら38度以上の熱がでてしまった。とほほ。B.B.のこどもたちが次々に発熱してる流行りの熱が、amiを通り越し私に…。

 

Y浜駅で迷子に '05年6月8日(水)

Y浜市内でプレーパークをやることを考えるに、この人にはまず顔を通しとかないと!という重要人物のH本M子さんとアポがとれた。Y浜駅近く、もと三越の裏にある県民センターの児童室で会えることになる。

わたくし、生まれも育ちもY浜ですし、駅の周りも小学生の頃から知っているし…などと十分自信をもっていたのだが…なんと、肝心のY浜駅で立ち往生してしまった。

そういやあ去年だかにT急T横線がひと区画、廃線になってそのかわりMなとみらい線ていうのになって、駅も大改造されたんだったっけ。すっかり浦島太郎のようになって、なかなか駅の外に出られず。県民センターに2時半のお約束が3時近くになってしまいました。とほほ。

 

 

自主保育まつり@夢パ '05年5月27日(金)

goときたら、こんなにたくましいのにチチ飲む回数が減らない…本日明るくなってから4回じゃ…。わたし一応当番体勢でいるのに、ちいっともB.B.の子どもたちと一緒にいられないじゃないの。

砂だらけの服を洗濯 '05年5月26日(木)

goいよいよ頼もしく、水も使ってびっしょりになって砂遊びにハマる。形のあるものがつくれるわけでなし、ただただ砂をすくい上げてはさらさらと落としたり、バケツの水をすくってはこぼすのくり返しだ。ああかわいい。こうやってるうちに砂や水やドロの扱いに慣れて、気づくといろいろやりだすにちがいない。と、余計な手をださずに汚れ放題にしてみまもる私。こどもが勝手に育っていく過程を見ることができるのが心から嬉しいぞ。洗濯くらいなんの苦でもないわい!!

ワクワク会議にほんとにワクワク '05年5月21日(土)

昨年から参加している全然ワクワクしない子育てワクワク会議である。今年は参加すまいという気分であったが、とにかく今年のキーワードは自分の足元活動。と心を決めて参加した。

しかし、なんと5月の区政だよりに、この会議をふくむワクワク事業になんと140万円もの予算がついていることが載っているではないか!去年とはちがう、予算の規模。これは、なんとか使いたい。子どもの遊び場・居場所・地域での見守る子育てについてetc.…それらを学びあい、足元での活動を一緒にできる人を捜し出したりしたい。けど、現状はまるで丸腰だった。

このワクワク予算にワクワクしてきたぞ…!!行政のアリバイづくりに利用されてなるものか!予算のとれる提案をして、本当にこどもたちのためになる活動に繋げてやるぞ!エイエイオー!

 

 

一日中夢パ '05年4月16日(土)

「自分の足元活動」の一環として、ricochicaの学校のお友だちを誘って夢パへ。2人お誘いしたところどちらのおうちの方も共に体調を崩していらっしゃったので、太っ腹にもお預かりして、大人わたし1人で子ども6人(うちの4人+友達2人)で出かけることに。まず、うちに集合したのだが、これはイイ。ぎりぎりまで用意できるし、「あ、ちょっと遊んで待ってて」とかできるからね。で、出発し、みんなで桜並木の坂道を降り積もっている桜の花びらをつかんでは風にパア〜っととばしながら歩き駅へ。

夢パでは実はMりちゃん・Tかざき・Aべちゃんと3家族が合流することに前日きまってたので、すぐに火を熾しハヤシライスの準備。子どもらは当然おもいおもいに遊び、ふと子どもの数をかぞえると…うちが6人連れてきてて、Mりちゃんが自分の子3人+友達2人、Tかざきが自分の子4人、Aべちゃんが自分の子2人(これが普通じゃ)で総計17人…親は4人なので一家族平均4.25人(無意味なデータ)なんかすご〜い。Aべちゃんがヨモギ入り白玉ダンゴをつくってくれて(私も湯沸かしを手伝った)、オヤツも充実。

なかなか帰りたがらない子たちをやっと説得して乗った帰りの電車で、乗り換え時にプチ事件発生。ベビーカーの私がエレベータで、小学生の子達が階段でホームに上がったら、丁度電車が来ていて、人の波(5時過ぎてたので混みだした)にのまれてお互いを見失った。とりあえず乗り込んだ電車の中で次々再会でき、感動。ケガとか具合悪くするとかはなくて済んだが、帰り道でこんなことに!と青くなった私であるが、こどもたちはみんな「とりあえず、乗ろう」と思ったそうだ。ああよかった。でも次からはこういう場合はどうする、という打合せをすることにしようっと。

一日中パジャマ '05年4月9日(土)

新学期、親子共々生活の変化に身体がついていけず、一日中ダレダレ。まぁ、こういう日が一日くらいあってもイイってことで…。

未知との遭遇 '05年4月6日(水)

生まれて初めてくつしたのまま泥のヌカルミに踏み込んだ時のgo。しばらく「むむっ」と下を向き、じっとしていたかと思うと、満面喜々として足をバタバタさせ泥をハネかしはじめた。未知との遭遇の曲(ツァラトゥストラかく語りき)が聞こえるようでした。

クラス替え直前クラス親睦会 '05年4月1日(金)

自主保育ではお馴染みの材料もちよりとん汁を囲んで、うちの最寄り公園であるS沼公園で花見を呼びかけた。実は、花は口実。学年学級委員を務めたクラスだから不自然なく主催できるぞという読みのもと、子どもは自由に遊んでるそばで子育て話や遊び場話を交わす人の輪を広げることにつなげようと企んだのだ。なるべく徒歩圏内で。同じ小中学校の校区内がベスト。

名付けて自分の足元活動である。


マスクプレイオペレッタ '05年3月29日(火)

貧乏神と福の神、ピノキオの冒険の2本立てで、人数が多いほど一席分の値段が安くなる団体割引というオトク感いっぱいの人形劇であった。

”おかあさんといっしょ”などでやってるような、キャラクターのかぶりものをしたまま芝居を演ずる、これを正式にはマスクプレイというらしいことも今回初めて知った。こういうの劇場で観るのは夏のゲキダンキオ以来である。観劇というのは上流階級とか富裕階級のもの、というイメージのある私。年2回もあれば十分よ。

こんどは卒だん式! '05年3月26日(土)

その前夜である。ああ明日は起きられるのか。カレーの具を切ってレンジでチンして荷造りして、家族全員ぶんの食器やコップ持って、goのオムツや着替え、ピアニカ、伴奏のカセット(夕方夫がミキサー役で家で録音)、卒だん証(今回毛筆に挑戦、がしかし…)、エトセトラの持ち物に漏れはないであろうか。不安じゃ…。でも楽しみじゃ!そして、肩の荷が下りるぞ〜!

立入禁止はそそられる '05年3月20日(日)

また来たいな、と思ってJ家ふるさと村を前回訪問してから早7ヶ月。やっと朝からおにぎりを持って再度参ずることができた。幸せ!

どんどん山道を登っていくと、どうやらこの“村”の敷地はここまでであるということらしく、「立入禁止」の立て札が。

でもちゃあんと道がついてるんだよね。その先に電線の鉄塔が見えてるから、その作業をする人が入るための道であろう。それと、私のカンではこの先に「こどもの国」があるはず。たしか緑地はつながっていたはず。そういったことが瞬時に頭を駆けめぐり、よしっ立ち入ってみよう!と歩き出したのだが、夫に止められ…断念。

夫いわく「公共のルールを守るように大人が見本をみせないといかんじゃろう!」「危ないからこうしてあるんじゃろう!」。…こどものみなさんは、ぜひ大人のいないときに隠れて入って下さい。そして、大人に言われたことをそのまま守るのではなく、そのルールがどうしてできてるのかを考えたり、どの程度危ないか少しづつたしかめながら、自分の身の守り方を身につけるようにして下さいね。

こんどは1歳6ヶ月健診じゃ! '05年3月17日(木)

BCG終わってほっとしたのもつかの間、またも保健センターの発券機で番号札をとる用事が。こんどは1歳6ヶ月健診である。ほんと、こういう並んだり待ったりすることってキライだわ(怠慢)。

ようやくBCG完了・ricochicaはワープロに夢中 '05年3月8日(水)

なんと、4月から制度がかわってしまうため3月中に接種しなければならなくなった。も〜。amiをふるさと公園に置いてすぐさま保健センターに駆けつける。そういう事情があるから、いままで接種を逃していた1才過ぎた赤ちゃんを連れた人が来るわ来るわ…、保健センターは大混雑。早く行ったから駐車場は余裕で入れたものの、受付番号(これ、銀行のみたいな発券機で取るヤツ。こんなの行政窓口ではじめてみたわい)がすでに17番とか。後から来る人の持ってる番号札には200以上があったぞ。

ヘロヘロになって帰ると、Tまごっちをせっせと世話しているricochicaが、パパにやり方を教わってパソコンのワープロでTまごっちの名前を入力したのち、交換日記なぞをわざわざパソコンに打ち込んでいる。あまりに他愛のない内容なのだが、活字になるとなんとなく大人っぽい感じするというか、もっともらしいから不思議だ。大人の(この駄文とか)もそうか。

中華街ドライブから回想すること… '05年3月6日(日)

当主の発案で久しぶりに一家でドライブ。行き先は、横浜中華街方面。やたらアットホームな中華やさんの2階貸し切りにて昼食。 一回り大きな中華鍋を購入。マリンタワーに登る。 という、楽しい一日のおわりにricoが“あした学校やだなあ…給食当番やりたくないなあ…”と呟いている。どうも2月の中旬以降、それまで仲良しだったSきちゃんと絶交状態らしく、クラスでの活動がいやな雰囲気になっているようなのだ。

うむうむ、私にも覚えがあるなあ、そういうの。ricochicaとは違うかもしれないが、年度の始めはハリキっているものの、年度の終わり頃にはもう人間関係がうまくいかず、なんともなしに“はやくクラス替えして〜”とそればかり考えながら過ごしていた思い出がある。小学生のころのことなど、もう今となっては自分に都合のいいようなことしか覚えていないので、人に対して自分がどんな接し方をしていたか思い出しようがないが、多分嫌われちゃうような子どもだったんだろうなあ。


雪、でもはりきって活動 '05年2月25日(金)

また結構降りました!朝にはもう止んでいて雪景色。でもかまわず、夢パークにgo!go!七輪で暖もとれるし、屋内スペースもあるから、ぬくぬく本読んだりすることもできるし、ね。

と、はりきっているのは行くときだけで、いる間はほとんど七輪のそば&学習交流室で絵本を読むとか。だから、夢パで私を見かけた人などの目には、全然はりきっているようには見えないはず。

滑り台ができた '05年2月23日(水)

親がすったもんだしているあいだにも、すくすくと育つgo。これまでハシゴを登るものの、滑ったことのなかった滑り台。本日とうとう自分で決心して手を離し滑り降りた。降りるまでかなりの時間真剣な顔で下の方をじっと見つめ、さいごに決心して…という、ほんとうにそんな感じだった。上から「まま〜(ちょい泣き)」と呼ばれては、大人が(大人のからだでは)狭いところを登って救出するというパターンからやっと脱却である。

amigo2人に関しては、実にチカラを抜いて接しており、「こうでなくちゃ」「あれじゃだめよ」とか考えないようにしている。年齢に応じたオモチャを与えるなど全くしていないし、好き勝手にできる場所と時間をつくってやっているだけ。あとは自然に育っていっているのを、こういうときに実感する。

登ったり降りたり '05年2月22日(火)

親がすったもんだしているあいだにも、すくすくと育つgo。突然ダイニングテーブルの椅子を登ったり降りたりが可能となった。そのうちテーブルの上にも…?

わくわく会議交流会…わくわくするか? '05年2月19日(土)

企画段階にチャチャを入れた(というか、たいへん正当な提案だったと思うのですが)が、結局私の意見など最初からなかったかのようなかたちで「みんなで育てようAおばの子・区と区民のAおば子育てワクワク会議交流会」本番が行われた。冷たい雨の降る中、一人電車に乗ってその様子を見に行ったが…。

その日も、思い出して書いてる今も、こんなことで「みんなで育て」るなんてことになるのかなあ、と違和感を覚えて仕方がない。流れを変えられなかった自分のチカラのなさかげんがイヤじゃ!PTAにおいてもそう…。何しろ、「子どものころどうしてた?」とか「こんな風に育てたいね〜」とか、「子どもと暮らすのって楽しいね、たまに腹たつけど」とかいう話しができるところはないのか?

「子育て大変でしょう」「少し子どもと離れてリフレッシュして」「お母さんが輝いていると子どもも幸せよ」などとばかり言われることに違和感を感じてる人はわたしだけ?そういうのを“子育て支援”っていうの?、おかしくないですか〜〜?

おわっそこまでしないでも… '05年2月16日(水)

我々が公園から帰宅すると、ricochicaの学校の友達が2人遊びに来ていた。正確にはricoの同級生なので、chica的には自分のともだちではないことになるらしいが。しかもその2人のお友達は、最近ちょっとchicaと雲行き怪しくまず〜い雰囲気になっている最中。

疲れていた私が下の子達と3チャンネルなど観ていると、4人がやってきて、一緒に過ごすことに。しかし、やっぱり小学3年生ともなると3チャンネルは退屈なので、手元に転がっていたお手玉で遊びはじめた。その遊びとは、キャッチボールのように投げ合うというもの。しかし、だんだんchicaが取ろうとするのを阻止してしまうという事をricoも含めた3人全員がやり始めた。だれがはじめるともなく…。(そういえば自主保育中に発見したことだが、ボールの投げっこは、誰かに渡さないようにするためにその向こうの人に投げる、という風に始まることが多い。ただのキャッチボールより盛り上がるのだ。)

打たれ弱いchicaは、たちまち泣きべそをかきながら、「やめてよう〜やめてよう〜」と情けない声を出し、それを面白がる3人はニヤニヤしながらますます続ける。とうとう「もうかえってって、ままからいって」と泣きついてきた。

帰って欲しいなら、そう言えばいいじゃない、言わないからなめてかかってくるんじゃないの?」と、つとめてやさしく言うと、「…ムン!」みたいな声をたてながら台所へ。そしてなんと包丁を両手で抱えて必死の形相で「帰ってよ!帰って!」と詰め寄ってきた。こりゃまずいなあ〜と思い、chicaからは包丁をそっと取り上げ、オトモダチ2人には「chicaもかなり嫌な思いしちゃったようだしもう暗くなることだし今日のところは…」とおひきとりいただいた。

ああいうときは、適当に受け流したり、または逆手にとって楽しい遊びにかえちゃったりすりゃあいいものを、すぐ被害者みたいな感じ方、言い方、訴え方になるなんて、イジメられやすい子の典型ではないか…。ああこの先、心配だなあ。


ひ、ひどすぎるわ '05年1月25日(火)

chicaの最近の口癖。ひどいかもしれないが、ひど“すぎ”たかどうかは、どうだろう。

家がすぐ近所のSきちゃんが今日も入り浸っていたのだが、このSきちゃんという子は結構chicaをからかうのが好きらしい。たしかに、過剰な反応を見せてくれるからなあ>chica。今日は、宿題のプリントだかドリルだかに、Sきちゃんが勝手に記入したと、泣きながら消しゴムで消し、「キレイに消えない〜!」とか「シワになった〜〜!」と、原状復帰しようとすればするほど上手くいかず「ひどすぎる」と泣く。Sきちゃんはそれを見てニヤニヤしたりしてるのであった。

やる方もなんかいたずらのセンス悪い感じだし、やられる方も、こんな風にからかわれるようではちょと情けないなあ。ど、どっちもどっちだわ。

さ、寒すぎる!その2 '05年1月15日(土)

学校でどんど焼き。昨夜から気象情報では雪、なのに決行される。さすが、台風でも神輿かつぐ土地柄である。

お団子をまるめて枝に刺し、それをどんど焼きの焚き火であぶっておいしくいただく。しかし、大勢の子どもが集まるから危険防止のためかなんかで、せっかくの火に近づけないことになっている。雪混じりの雨のなか、ようやく熾き火(おきび)になって団子をあぶってもよしと言われても、縄の外側から団子の枝を差し出して持っていなくてはならない。その間、顔はアツク足元は冷え冷え。寒すぎる上に、焚き火の暖かさとかありがたさを感じられない催しなのである。もったいないよなあ。

こういう学校の土曜日の催し。地域にとけ込むチャンスだしと思い参加しつつも、なんだか子どもも、自分自身もあまり楽しくないのはどうしてなんだろう。人数多すぎるからかなあ。

さ、寒すぎる! '05年1月12日(水)

A馬ふるさと公園で活動日。寒いのを承知で、Pレポレが開催するプレーパークの日だから行こう!と気合いを入れて出かける。陽射しはあったがもんのすごい北風!!goはオンブしてあったかそうな亀の甲の中で寝息をたてている。気持ちよさそうだなあ。ああ赤ちゃんに戻りたい。

go歩数大幅アップ '05年1月11日(火)

H高根森林公園で本年最初の自主保育活動。go、駐車場から遊歩道、芝生に入りせせらぎに架かる石の橋を渡り(ひやひや)、みんなの後を追って、100メートル以上自力歩行す。つい昨日まで歩数を数えられたのだが、もう歩数でなく距離が計測することになるとは!

初ふーふゲンカ '05年1月3日(月)

一転、自分らの家に戻ってきて、正月3日目さて何をしよう、どこへ行こうということがキッカケでなんかすごいケンカになってしまった。だってさ、なんか勝手じゃないすか、ご当主さま。こちとら正月ったって洗濯はしなきゃならんわ、goはチチを欲しがるわ、子どもは普通に遊びたいから大人(=パパ)がテレビ見たり酒飲んだりして遊んでいるとこに一緒にいたところで全然遊んでることにならないとぶーぶー言ってるわ…。それなのに、わたし&子ども達の気持ちなどちいとも確認せず「ああ、いい正月だなあ」とか「今日楽しかった人手ぇあげて〜!」と、えてして一人で盛り上がってるじゃありませんか!それで殴られちゃ身がもたないよ!まったくもう、今年も先が思いやられるわ…。

初日の出 '05年1月1日(土)

今回の正月は初日の出を見たいということで、雪が降ろうがヤリが降ろうが実家に帰ることにした(実家の近くに貴重な初日の出ポイントがあるため)。なので、一堂がんばって朝6時起き。置いてくわけにはいかないのでgoも当主がオンブ。

子どもの頃駆け回った裏山から続く、三角点のある高台。そこに急ぎ、日の出を待つ。見る間にだんだん人が増えてくる。雲が多く、地平線から登る様子は見られなかったが、雲の合間から神々しく日がさし、見る間に雲の上に太陽が見えてくる。お日様の動くのって、意外と早かったんだなあ。

んで、その足でこれまた子どもの頃駆け回った&小学校の行き帰り(通学路ってわけじゃなかったような気がする…)に通っていた、裏山の高台パート2にある神社へ初詣へ。境内に大きな穴が掘られてて、そこでボンボン焚き火が燃えてる。そのそばでドラム缶を切って作ったとおぼしきへっついに甘酒の鍋がかかっていて、振る舞ってもらえるという…。ああおいしい。それに、神社が高いところにあるっていうのも再発見だった!


なぜ大雪? '04年12月31日(金)

大晦日に私の実家に泊まり、元日の夜ウチに帰って…と計画。午前中にUニクロでよそ行きパジャマなど買い、雪の予報をみて念のためタイヤチェーンも購入。昼過ぎ、予報どおり降ってきた。関東ではふつうこの時期降らないよなあ…。で、実家にすぐ出発し明るいウチに着いてる予定だったのだが…。

まず、念のため購入したタイヤチェーン(ゴム製で取付カンタンなやつ)を念のため試着すると言って、夫が一人車庫に。その念のための試着が何分経っても1時間たっても終わらない。よくみたら売場でタイヤの直径をまちがえてすすめられたため装着できないモノであることが判明!これは交換しないとイカン、ということで販売店である(うちから約5分で行ける)車用品屋にまず向かう。が、日が暮れかかっている時分のせいか大渋滞で3〜40分かかる。そのころもう雪はほぼやみ装着の必要なしとはいえ、今日店にいかなければ交換はできないだろう。で、なんとか交換をすませ、最寄りの第3K浜のT筑インターへ急ぐも、なんと!積雪のため通行止め。しかたなく、私の土地勘を頼りに一般道でてくてくと南下し走行。到着したのは夜8時ちかくであった(もう紅白はじまってるし)。

今年のサンタは俗物だ '04年12月25日(土)

大流行のたまごっちケータイカイツーが枕元に。流行りのオモチャしかもゲーム機だなんて、ウチに来るいつものサンタさんとは違うサンタさんなのかな?

アリバイ工作にすぎず '04年12月13日(月)

土曜参観で出席できなかった2日前の子育てワクワク会議の様子を聞き、ガクゼンとする。子育ての支援どうすべきかという集まりなのだから、子どもが育つことそのもの・子どもそのものについて知る、語り合える、共感し合える機会をつくるべきだと、2月に予定されている講師を招いての交流会にむけて提案した。私自身は出席できなかったが同じように感じ、共感してくださったY村さんに提案書を託したのであるが、もうまったく相手にされない感じだったそうだ。

2月の交流会の講師は実は内定していた。しかし、その内定のしかたは今ひとつだれもが納得できる方法とはいえず、またよく吟味して選んだというより、会議に参加している人の知り合いなので来てもらえやすい、ということであっさりと話がすすめられてしまったのだ。それは話が逆というもので、本来「これこれという内容でやろう!」というアツイ思いがあれば、知り合いだろうとなかろうと、この人であればその意図にぴったりなのだ、だからぜひその思いを伝えて来て貰おう、というものではないのか?その次に、「誰々さんなら知り合いをたどればなんとかなるよ」という人がいればラッキーと、そういういうものであろう。

ま、わかったのは、どんなにこちらがアツイ思いを持っていても、所詮聞く耳はなかったということ。会議に現役の乳幼児の母親が入っていさえすれば、それで『当事者の意見も聞いているよ』というある意味アリバイが作れるというか。私も、地域での実績がないだけに「何人もの人がこう感じているよ」と言えないのがつらい。あ〜くやしい。

夢パに居残りで復活 '04年12月6日(月)

まるまる一週間家から出られずにいたが、ようやく平常に戻れそう。ということで、とりあえずamiを送ってきた夢パにそのままgoと居残る。かまどでクリームシチューをつくって昼食という予定。火の番したりgoを抱っこしたりしながら外で過ごす。

こうして外で過ごすと、家でごろごろしつつ何やかやと家事に追われるより、なんともなしにのんびりでき、それでいてハリを取り戻すのである。ようやくこれで復活じゃ。

夜中にまた… '04年12月3日(金)

そろそろ嘔吐下痢も治ったかに見えたgoであるが、欲しがるままにオッパイを与えていたら、夜中またしても吐き戻してしまった。

オッパイといえど弱った胃腸には刺激の強い高タンパク食品なので、控えるようにと医者に言われてはいたのだが、もういいだろうとタカをくくったワタシのせいなのね〜。ごめんよ〜。


病み上がりでピアノ弾き '04年11月30日(火)

goがかかった吐く風邪が、私の方にも当然のように伝染ってきた。ヘロヘロでホゲホゲな寝込み生活の後、やっとなんとか治しこんだところで「子育て広場Sぎぬまの歌の伴奏」をする仕事がまわってくる。ヨレヨレしつつも、こういうことでハリのある生活を取り戻せそうだ。

今日も予定がいっぱい…がしかし '04年11月27日(土)

go夕方吐く。
実は今日は久々にふたごの会OG飲み会がある日であった。ricochicaの1歳上の男児双子の下に念願の女の子が生まれた、という人があり(10年ぶりの出産!)、その祝いをしようという日であった。が、goが吐いてはそれどころではない。まあ、残念!

子育て支援じゃなくて子育ちの支援を '04年11月25日(木)

Mりちゃんと何度かこういう↑話しをしているうちに、あ、そうかとわかってきた。どうしてこの間の地区懇ですごく違和感があったのか。どうしてワクワク会議がワクワクしないのか。

つまり行政のいうところの子育て支援とは、イコール母親支援を意味するのだ。子育ては母親がするものだから、子育ての支援とは母親の手伝いをすること、という図式になる。結局なにかあると母親のほうに責任が生じるので、母親へのプレッシャーは一向に減ずることはない。そりゃあ、母子関係は大切でしょう。しかし、父親だっているでしょう。父もあてにならず、うまくいってない家庭の子どもは、地域で代わりにあるいは一緒に育てて行こうじゃないのていうのが支援じゃないのかな。そしたら子どもは本来どう生きてるのかを地域で勉強する必要あるでしょ。その視点がどうも感じられないんですよ、身の周りのPTAとか行政とかそういう予算の動くところに。

ううむ、私の悪い頭でも、少しは問題点が見えてきたような気が。錯覚?

今度はこどもまつり '04年11月21日(日)

先週はふるさと公園だったが、こんどのイベントはM崎第4公園にて。その周辺地域の子ども会と自治会が主催する「こどもまつり」に、私がからんでいる里山の会がトン汁の店を出すことになってしまった。前日に材料を切りに行き、じゃがいも10ヶは持ち帰り。じゃがいもは前日に切ると変色するとかで、当日の早朝皮をむき刻んだものを7時ごろ届ける。その後、子ども達を連れて出直したり気ぜわしい。楽しくなくはないが、自分ちのところの子ども会も自治会もほとんど手伝っていないのに、場所がいつも遊び活動をしている第4公園だということだけでこういうことになってしまうのが、これでいいのか?と少々疑問を感じつつ…。

すわ、夜間救急へ '04年11月16日(火)

さいきんのgoは、ちゃぶ台に乗るのがマイブーム。だが、足をふみはずして思い切り落下。その際、アゴの下を切ってしまい、けっこうザクザク血が出てしまった。急遽病院を探して車でかけつける。夜8時半過ぎ。義妹に来てもらって他の子たちは寝る支度をさせる。どこでどう切ったのかちょうど見ていなかったのだが、ちゃぶ台の角のようなところならもう少し裂傷というかんじだろう。このスパッという切り傷をつけるものは、と見回してみると…居間にあるCDラックの中身(つまりCD)をgoがいじらないように、夫が大きなカッティングボードを立ててツイタテのように前に置いている。そのヘリではないかと疑う私である。

幸い縫うほどはキズが深くないのでテープで止めて(圧迫法?)ガーゼでおおって、また明日も来てください、ということで済んだ。結果オーライ。ああよかった。

こども森商店街 '04年11月14日(日)

A馬ふるさと公園プレーパークのイベントとして行われた「こども森商店街」。子どもたちにホントのお金のやりとりでお店をやらせてあげる、というものだ。今回は、Tかざき家の上の3人、シンゴ・ハノン・リンカ(うちと同じくゼンブで4人いる)とうちの上3人、そして、Mりちゃんとこのハヤトやコウセイ、あとY本Kょーこさんトコのミチコ、総勢9人でゲームの店をやることに。1回20円で新聞紙でつくった輪をペットボトルに投げてはまれば賞品(折り紙の作品や家でいらなくなったチャチなおもちゃなど)がもらえる、というヘロい店。にもかかわらず、なんと2000円もの売上げがあがってしまった!(人数多いから分け前は少ないけど)

お店のアイディア、売上げ金の分け方など、極力親は口を出さないで子ども達にやらせようってんだから、ハラハラしどおし。例によってすぐにricochicaはケンカになるし(ケンカになるのも真剣に取り組んでる証拠ともいえるけど)。でも、今やricochicaのケンカに慣れてきたTかちゃんやKょーこさんと一緒に笑いをかみ殺すことができ、以前とちがって穏やかな気持ちで2人のケンカを見ていられるのであった。

地区懇にて '04年11月8日(月)

地区懇談会、開催。小学校の体育館で、学区内の民生委員・児童主任委員・中学の先生・校外委員など集められ、「地域でこどもを育てるには」というテーマで話し合うらしい。が、例によって一般からの参加者が少ないとのこと、学年学級委員会から○○人でるようにとのお達しで私も参加することになった。正直言って午後4時からとかではちょいキビシイのですがねえ。

大きなテーマは「地域でこどもを育てるとは」だが、それをより具体的に話すために小テーマが設定されていた。その小テーマのうち、「思いやりのある子どもにそだてるには」「遊びについて」の2つが選ばれ、予め分けられていたグループごとに話しあって発表せよと言う。ちなみに、後者は私が提案したものであった。

グループトークにさきだって、中学の先生から中学校の状況についてのお話があった。100人あたり1人程度の割合で問題行動がみられる生徒がいて、それに引きずられる形で授業ができないこともあった、が、適切な指導により今は大丈夫、ほとんどのお子さんは問題ありません…などといった、なんかいいわけっぽい感じの話しだった。そう、どうやら地域の中学校は一時期授業ができないほどの荒れようだったらしくて、それもあって「小学校から塾通いして私立中学を受験しないと勉強にならん」という考えの親御さんが多数生じているようなのである。

同じグループに配属された中学の先生とうまく意志が伝わりにくく、トークは最悪に盛り上がらなかった。だって、家庭でのしつけの責任だとか、まず形にはめることも大切だとか、もう、子どもの側に立とうとか、子どものきもちに寄り添うとかということを頭から否定した地点からスタートしているのだ。

家庭の責任て…そりゃごもっともな話だが今日は地域で子どもを育てるにはって話をする催しではないのか?100人の中の、家庭でうまく育てられない1人を地域で育てる話ししないでどうするの!

ってなことで、とても異様な違和感を私にもたらして終わった一日であった。

 


午前・午後・夜 '04年10月30日(土)

午前:T筑区のプレーパーク活動をしている人たちの開く講座へ。とって返して午後:夫とこどもたちとNでしまさんやUらのさん親子のいる夢パへ。

夜:B.B.の有志飲み会…こんなに相手をしてくれる人に恵まれた私って、幸せ。とはいえ体がちょっと…

わくわく会議はつらいよ '04年10月23日(土)

進行役を持ち回りでやることになり、うう、なんと今日は私に。持ち回りって…まあ正しいよなと思うが、私には荷が重い…ワクワクしね〜〜!

ワクワク会議自体、歯にものが挟まったような発言しかできないし、議論してるといっても、地域の問題がわかる一方で、何の情報も得られないかんじ。すごい違和感がある。でも、どんな情報が欲しいのかというと、何?話しの合いそうなママ友達?自分のやりたいことを後押ししてくれそうな行政の窓口?それすらよく見えてこないのが歯がゆいなあ。

おひさまでできてる '04年10月20日(水)

ねえまま、みかんはなにでできてるの?」…………久々にでた!amiちゃんの何でできてる攻撃

そこで「みかんの木の根っこのとこの土と、お水と、お日様やいろんなものでできてるんじゃないかな」と答えたところ、ピカ〜ン!と電球がついちゃったような顔で「じゃあ、おはなもそうだね」「おひさまでできてるんだあ」「おひさまで…」と、何回も何回も言っていました。

いろいろ屋さん '04年10月17日(日)

M崎第4公園にて、フリーマーケット。ricochicaも、お部屋の中の要らないおもちゃや余分にある文房具などを売るちいさなお店を出すということに。名称は『いろいろ屋さん』。大きな木の下にシートを敷いて店を構えたが、その木の枝は鳩がハネを休めに来る場所だったらしく、落とし物が直撃。途中で引越ししたりするはめに。しかも、せっかくの新品のエンピツを思いっきり安く売っちゃったりとかして、たいして儲からずに終わった。しかたないね。だってricochicaにとって要らないモノは、他の人からみても要らないモノだし!

みこしだワッショイ '04年10月10日(日)

ことしもこども神輿を担ぐために、パパとricochicaは朝早くからおでかけ。今年はamiも歩いて行けそうだし、goをベビーカーに乗せて、ワッショイがもうすぐ終わるぞ、というくらいのタイミングをはかって合流した。

去年はgoがまだ首のすわらない乳飲み子だったためデジカメ写真でしか見ていないこども神輿や、無形文化財とされている踊りとかもナマで見物。若干の小雨のなか夜店の射的屋にダマされたり、綿アメやクレープなどを食したりして、ricochica満足の様子。

通るか?台風の目 '04年10月9日(土)

すごい大きな台風が、首都圏を直撃じゃ!なのに午前中ワクワク会議の世話人会などある。

意味があんのかないのかわかんない会議を行うのに、こんな日に危険を冒して集まるのってどうなの?…と思った人が他にもいたのか、「台風も来そうだし、早めに終わりましょう」ということになり、ほっ。ricochicaにお祭り用の鈴を買って帰り、暴風雨を家でやり過ごした。

ままだけおこられるのはかわいそう '04年10月5日(火)

慣れない車庫でくるまのボディをこすってしまった。すぐに最寄りの車やさんで簡単に見積もってもらったところ、工期3〜4日、費用は少なくても4〜5万とのこと。板金などを扱うお店に問い合わせても同じだ。車の所有者の、やたらキレイにしておきたがる夫に何と言われるか…生きた心地のしない私は、まずricochicaに打ち明けた。

2人は即座に、「わたしたちがオーライっていうのを信じてさがったらぶつかったことにしなよ!」「一緒におこられてあげる!」「わたしたち1000えんくらいもってるから、修理代だしてあげる」と、私の味方だ。「CMで45分で直せるってやってるおみせあるよ」「インターネットで調べたら?」といわれ、その45分を売り物にしている某チェーンを調べてとりあえず電話で問い合わせたが、45分ではむりで、やはり3〜4日はかかるとのこと。「じゃあ、今日から日曜日までの間に直せるから、パパに知られずにできるよ」…その間、ずっと泣いたり笑ったりの私。結局、こんど別の件でも車やさんにいくのでその時に直すということでパパに話すよというと 「ままだけパパにおこられるのはかわいそう」と、“パパ、ママは反省してるからおこらないであげてください”というおてがみを書いてくれて、おかげで怒られずに済んだ。

うちの子たちはみんなおふろは絶対パパとはいりたい(おいおいもう3年生だけど?)し、隣で寝たいし、パパ大好き。でも、実は遊びに行くときなんか、ママのほうが私たちのことをよくわかってる、パパはどっちかというと“自分はいいパパだよなあ”と思えることをしようとしてる…と彼が聞いたらショックなことを指摘することもある。そう、パパよりよっぽど長い時間一緒にいて、楽しいことも、ツライこともわけあってきたんだものね。

立ったぞ! '04年10月3日(日)

気づくと1歳をとっくに過ぎて1ヶ月たつgo、今日はよろよろしつつ3秒間立つことに成功。よしよし、ゆっくりやっとくれ。あんまり早く大きくならんでよろしいぞ。


人前でピアノ '04年9月28日(火)

私にとってやりたくなっちゃって困ることがもう一つ。それは、下手の横好きが永遠に続きそうなピアノである。本日なんぞ、子育て広場Sぎぬまで、いつもの歌の伴奏でなくミニ連弾コンサート。3曲披露し疲労。結構イケた!ソロ演奏をじっくり聞かせることなんぞ到底ムリだが、連弾とか合奏ならなんとかOKかも…。

合説(ごうせつ)に出て '04年9月22日(水)

自主保育のグループ合同で、これからの自分の子の保育をどうするか考えてる人対象の説明会を行う、略して合説(ごうせつ)。こどもたちはいつもどおりの公園で活動する。自分は去年、産後すぐだったため出なかった。今年はぜひと思い、会場の設営やブースでの説明、グループトークのメンバーというような役割で出ることにした。A葉区で知り合ったお友だちも呼んでいたし。

2年ぶりだが、よかった!スライドの写真と、それを解説するG藤さんという方の淡々とした語り口調が、すばらしかった。ついついアツ〜クなって語ってしまう傾向にある私なので、「こう言われると素直にきけるな〜」そして、「こんなの見たらやりたくなっちゃって困るなあ」と2年前と同じことを感じた。そう、やりたくなっちゃって困る、それが自主保育活動なのであった。その初心を新たにでき、意義深いものであった。

念願の富士山こどもの国 '04年9月20日(月)

さて、この連休も山中湖にてプチホリデー。今回は私のたっての希望にて“富士山こどもの国”に行くことにしてもらった。

もちろん“富士山”の中腹(かなり高いところ)にある場所なのだが、goは、この段差の多いところで、段を登るだけでなく下りることもできるようになった。ちゃあんとハイハイの姿勢で足からお尻と、しっかり確実に…。

教えなくてもできるようになる不思議! 4人めとなってもやはり感心するなあ。

やったね運動会快挙 '04年9月18日(土)

お待ちかねの運動会。私にとっちゃ、お弁当づくりが厄介で、しかも写真やビデオに気合いを入れなければならないというめんどくさい日だ。

ricoは悲願のかけっこ1等に。chicaは今年はなんとricoと一緒に走る番になり、当然1等ではないが3等に入る健闘を見せた。あ〜よかった、泣かれなくて。

ここにとてつもないハンカチが '04年9月14日(火)

ソレを言うなら何の変哲もない、でしょ。

そのハンカチの後ろにお菓子を隠し、パクっと食べちゃって「アラ不思議、消えてしまいました」とかやってるアホな子どもたち。

みんなMギー審司がスキだからね。どしてもお笑い方面に流れてしまいます。

 

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